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2009年2月 5日 (木)

男道

Otokomichi 所長です。

PL学園、西武ライオンズから巨人、オリックスと野球人生を歩んできた清原の自伝、「男道」を読みました。

桑田とのKKコンビで甲子園を沸かせた後、ドラフトでの巨人入りを巡っての悲劇、巨人との日本シリーズで流した涙、FAによる悲願の巨人入り、そして引退直前の桑田とのバッティング練習など、清原には残した数字以上のドラマがありました。それは清原が純粋に、そして必死に野球人生を歩んだ証拠ではないでしょうか。

清原にとって、「桑田」と「巨人」という二つのキーワードは切っても切れないようです。巨人入りを熱望していたドラフトで、まさかの事態が起きます。巨人が指名したのは自分ではなく、大学進学を公表していたチームメイトの桑田だったのです。ドラフト後の記者会見では呆然と涙を流すしかありませんでした。

その涙は別の場面でまた流されることになります。西武と巨人での日本シリーズ。西武が王手をかけた試合で9回2死。あと1アウトで日本一、という場面で清原は1塁守備上で憧れと悔しさの入り混じった涙を流します。

西武で活躍していても清原の巨人への憧れは消えませんでした。FA権を行使しての巨人入り。夢が叶ったはずでした。しかし、夢の場所であった所には厳しい現実がありました。常に優勝を義務付けられている巨人にあっては、大打者・清原といえども、戦力の1コマにすぎなかったのです。その時、初めて清原はドラフトで自分が指名されなかった理由を知ります。そう、あの時の巨人には投手の獲得が最優先だったのです。

しかし、桑田との解氷も束の間。すでにピークを過ぎていた二人は巨人から解雇。また別々の道を歩むことになります。メジャー挑戦とパリーグ復帰。いずれも再び花を咲かすことができずに訪れた引退。二人の引退を飾ったのは友情のバッティング練習でした。桑田はパイレーツ解雇後も、この日のために練習を続けていたのです。

アスリートの自伝を読むと、ビジネスにも置き換えられるエピソードが多く見られます。それは厳しい勝負の世界で生きている、という共通点があるからではないでしょうか。

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